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感染症予防への口腔ケア

当診療室では口腔感染症への対応が、身体の他部位への二次的疾患を誘発する「病巣感染」の予防に繋がる事を踏まえて、現在まで歯科医療の責務を進めてまいりました。それはインフルエンザウイルス感染においても同じで、口腔ケアによる口腔内管理と口呼吸による口腔乾燥の予防が有効とのエビデンスも示されてきました。

現在、新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大において、歯科医療の責務を自問自答しておりましたが、今回 東京歯科大学名誉教授である奥田克爾先生の文献「新型コロナウイルスのパンデミックからオーラルヘルスを考える」でのウイルス感染の特性、オーラルヘルスの意義そして歯科診療における感染対策の強化の必要性を拝読し、医療人としての責務を再確認しました。

この場を借りて奥田先生に敬意を表し、その文献から引用させて頂きご紹介させて頂きます。なお文中に解説のための引用図を当診療室により追加掲載しています。

はじめに

アメリカ歯科医師会研究所の初代所長やアメリカ歯科医師会会長を務めたWeston・Price(1870-1948)は、100年前のスペインインフルエンザ(H1N1型)のパンデミック時にアメリカ人とイギリス人260人を調べた結果を1923年に『DENTAL・INFECTIONS,Oral・and・Systemic』で報告している。

それによると、歯科感染症のあった人は、インフルエンザに罹患した群で72%に達し重篤者が多かったが、感染症が無かった人の罹患率は32%だった。

ウイルス感染の流れ

エンベロープ(ウイルス粒子の外側を覆うタンパク質の殻・層)を持つインフルエンザウイルスやコロナウイルスによる感染は、

  1. ウイルスが標的とする細胞のレセプターに吸着
  2. ウイルスを包む膜と吸着された細胞の細胞膜を融合して侵入
  3. ウイルス遺伝子を包む殻を脱ぎ、RNAを宿主細胞内に放り込み
  4. 寄生した細胞のタンパク質合成系やエネルギー系を借用してRNAを複製し、ウイルス粒子を増殖させる。

という流れで進んでいく。

インフルエンザウイルス感染では

インフルエンザウイルスのHA抗原は、感染する細胞が出す細胞のタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)に加えて、咽頭などに感染するブドウ球菌などのトリプシン様タンパク質分解酵素の作用を受けて、活性化して気道粘膜上皮細胞に侵入させる。

P. ジンジバリス、T・フォーサイシア、T・デンティコーラ歯周病原性レッドコンプレックス構成菌(主要悪玉菌)は、トリプシン様タンパク質分解酵素を産生することから、HA抗原に作用して細胞侵入に加担すると考えられる。

感染した細胞内で増殖したインフルエンザウイルス粒子は、粒子表面にあるノイラミニダーゼ活性を持つNA抗原(NA突起)を使って増殖して満杯になった細胞から抜け出して、次の細胞に侵入・増加して感染を拡大する。
季節型インフルエンザウイルスは、上気道粘膜で増殖する3~5日の間に高い発熱を起こす。同時にウイルスを攻撃する特異抗体が作られ、その獲得免疫によって治癒するが、糖尿病などの易感染性宿主の患者は、肺炎を起こし易く、命を奪われる危険性が高い。
 進行した口腔感染症による免疫機能の低下やオーラルフレイル(口腔機能低下)によって易感染生宿主になるとウイルス感染リスクが高くなる。従って歯科医療は、新型コロナウイルス感染リスク低下に貢献しているといえる。

新型インフルエンザについて

2003年末から2006年に東南アジアでニワトリからヒトに感染したA型の高病原性トリインフルエンザH5N1型は、上気道粘膜だけでなく気管支や肺さらには肝臓細胞などに瞬く間に入り込んでしまう強毒なウイルスだった。

H5N1のHA抗原は、furinと命名され、どの細胞にも入り込むマスターキーと言えた。
H5N1感染によって高い発熱に伴い免疫反応が異常に高まり、多くの細胞がサイトカインを放出するサイトカインストームが起きて多臓器不全などに陥り、50%を超える高い死亡率となった。

高病原性トリインフルエンザH5N1はニワトリ⇒ヒトへの感染だけだったが、ヒト⇒ヒトに感染するようになれば瞬く間に世界中に蔓延することも考えられるのである。

口腔ケアによるウイルス感染予防

デイケアに通う要介護高齢者に対して、歯科衛生士が口腔清掃を中心としたオーラルケアを実施するとインフルエンザ罹患率が低い事が報告されている。

口腔感染症のある患者や口腔清掃が不足する高齢者などの口腔細菌数は、数千億個にもなる。それら細菌が産生するタンパク質分解酵素ノイラミニダーゼは、上気道粘膜を覆っている唾液の糖タンパクを溶かし、様々なウイルスのレセプターを露出させてウイルスの吸着を許すことになる。
口腔内に慢性感染症がなく、口腔清掃の良い人は、インフルエンザだけでなく新型コロナウイルス感染のリスクも低下すると考えている。


山田宏参議院議員HPより引用

あいうべ体操の小学校での実施効果の一例


今井一彰先生文献より引用

歯科医療現場での対策

医療現場での感染予防対策については、

  1. 標準予防策スタンダードプリコーションの遵守
  2. 発熱患者へは緊急処置と投薬に限定
  3. 処置前の抗菌性洗口液によるガラガラうがい
  4. 診療室の頻繁な消毒と換気
  5. 医療スタッフの発熱者は現場に立ち入らない

以上の徹底といえる。

さいごに

現在、さまざまな抗新型コロナウイルス薬や治療薬が開発され、その使用成果や治験が始まっている。また、世界中で叡智を結集して感染予防ワクチン開発に取り組んでいるが、その実用化には時間がかかる。

歯科医療と口腔ケアは、新型コロナウイルス感染リスクを低下させると認識して、厳格な感染予防をしながら取り組まなければならない。

令和2年4月

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