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食育、そして息育(そくいく)へ!

平成28年度 帯広市学校保健会「保健のあゆみ」 寄稿
表題 「食育、そして息育(そくいく)へ!」

十勝歯科医師会帯広会 ますち歯科診療室 増地 裕幸

はじめに

超高齢社会を迎えた我が国では、現在2025年に向けて高齢者の方たちも安心して暮らせる社会をつくるために、様々な職種と地域の住民が連携して「地域包括ケアシステム」の構築がすすめられている。

そこで私たち歯科医療者の責務として、療養される方が美味しく安全に食べられるためにどう支援できるかが問われている。加齢によって誰しも口腔機能の低下(歯の喪失、咀嚼筋力の低下、唾液減少による口腔乾燥による嚥下障害や感染症の誘発、喉の嚥下反射の低下など)は避けられない。しかし、適切な対応、トレーニングによって機能維持に取り組むことは可能である。

高齢者の方が、社会性の低下、口腔機能の低下に伴う低栄養、そして運動機能の低下へドミノ倒しとして進む先は、要介護状態である。そこに至る前の状態を「フレイル(虚弱)」と命名し、フレイル予防を進めていくのが、我が国の方針(介護予防)とされる。歯科医療のフィールドでは、前述の口腔機能食物を捕食し咀嚼する飲み込みやすい形態になった食塊を舌で喉に送り込む嚥下する)の低下を「オーラルフレイル(口腔機能の虚弱)」とし、早い段階でのオーラルフレイル予防を地域に啓発、活動していかなければならないと考える。

そこで健全な口腔環境と機能を考えるときに、その原点と言える成長・発育期にどう生活の中で環境・機能の発達が培われるべきか?を考える事が重要となる。今回この機会に、子どもたちの口腔環境・機能の発達に対して「食育」そして「息育(そくいく)」の視点で提言させていただく。

(尚、「息育(そくいく)」の考え方と表記は、日本病巣疾患研究会の今井一彰先生(福岡県開業内科医)のお考えと実践に賛同し、以下使用させて頂きます。)

幼児期からの食育

「食育」は政府広報では、食べる力=生きる力を育むこととされている。様々な経験を通じて「食」に関する知識と、バランスの良い「食」を選択する力を身に付け、健全な食生活が実践できる力を育むこと。

豊かな農畜水産物に恵まれるここ十勝は、地産地消には素晴らしい環境であり、帯広市も学校教育の中で食育を積極的に取り組んでいる。

ここで今回お話ししたいのは、健全な口腔環境、機能を獲得するための幼児期からの「食育」の重要性である。奥歯が生えそろってくると、段々と歯ごたえのあるものに食形態は移行されていく。必要な栄養を摂取し,身体をつくっていく大事な時期だが、その子は、親や家族の食事を模倣し、自我が芽生え、好き嫌いも主張し始める。遊びながら食物をこね回し、手掴み食べをし、目の前のテーブルは混乱状態となり、その親もたびたび混乱したりする。そういう我が家もそうであった。

しかし、「汚すのは子どもの仕事!」という言葉もあるように、食物を手掴みすること、そしてその食物を口に持って行く時に下唇に最初に触れて、次に上唇が閉じて捕食する。その時に自分の食べる「一口量」を体得しているのである。この期間は極めて重要であり、出来るだけ家族はおおらかな目で育んで頂きたい。少々混乱はあっても。。。

そして、もぐもぐ咀嚼が進む口腔内に分け入って見ると、口唇、頬、そして舌が左右の下の奥歯のテーブルにこぼれた食物を乗せて、再び咀嚼サイクルに組み込んでいる。もちつきのコンビネーションを想像してほしい。その間、唾液と食物は十分混ざり合い、飲み込みができる形態「食塊」が形成される。その後、舌が上顎の口蓋にくっついて、食塊を後方の喉に送り込み「ごっくん!」と、嚥下反射が起こる。
よく噛む事は、脳の血流量の増大や神経刺激に関与する事は知られている事で、高齢者の認知機能低下予防に噛む事が挙げられるが、子どもたちも同様の考え方が出来る。
そして咀嚼嚥下する際には、舌が歯列や上顎を押し拡げる力がかかる。その力が顎の発育を促し、健全な口腔容積を増大しているのである。その流れは哺乳期からスタートし、離乳を経て、幼児期の食習慣に進む。そしてその積み重ねが、口腔環境の発達に大きく寄与しているのだ。

咀嚼運動の際での前歯と奥歯の役割は違う。前歯では食物のせん断(咬み切る・包丁とまな板)が行われ、奥歯では臼磨(すりつぶし・杵と臼)の作業がなされる。幼児期の食習慣では、「食べるためのハードルを下げない!」という事が重要。大きくカットした食物に前歯でワイルドにかぶりつき、繊維性のものや歯ごたえのあるものなど硬軟織り交ぜて奥歯ですりつぶす。食べることで顎が疲れない筋力を培うこと、そして咀嚼の最中には、なるべく水を呑んで流し込みをせず、自分の唾液をしっかり出して飲み込む習慣を体得したい。昔から言われた「良く噛んで食べなさい!」の真理がそこにある。

そして補足すべきは、「姿勢」。体幹を安定させる要素に足底の着地がある。これは高齢者にも通じることであるが、足ぶらぶらでは、背中も丸くなり、良好な咀嚼嚥下が難しくなる。また一方向にテレビを見ながらの食事も片咬み習慣のもととなり、顔貌の非対象につながることもある。会話をしながら、楽しく美味しく食べる。これが知らず知らずのトレーニングとなるのだ。よく噛める口腔環境は、自然と見た目も整った様子となる。

顎骨の発育時期の違い

上下顎骨の発育時期の違いについて考えたい。身体の部位によって発育スピードが違う事を表しているのが、スキャモンの発育曲線である。

それには4つのタイプがあり、

《1》リンパ系型は、扁桃やリンパ組織で免疫を担うので小児期に高い発達をみとめる。

《2》神経系型は、生まれてから5歳で80%の成長を遂げ、12歳には100%に達すると言われる。

《3》一般型は、身長や体重、胸腹部臓器の成長を示す。

《4》生殖器系型は、14歳あたりから急激な発達となる。

そこで考えたいのは、上顎骨の発育が、《2》の神経系型に属するという事である。つまり、5歳で80%の成長となる上顎骨をより発育させる大きな要素の一つは、それを意識した幼児期から学童期の食習慣の積み重ねと言えるのではないだろうか。漠然と発育を捉えるのでなく、その事を認識しているかが重要。現在、子どもの歯列不正の増加とともに、上顎骨の劣成長のケースを認める事は少なくない。軟食が広がる食習慣との関係が、関与している可能性は大きい。それが進化か退化かは、人類学の専門家にお任せしたい。

ちなみに下顎骨の発育は、《3》の一般型となる。中学生以降、ぐっと大人顔に変化するのは、それに由来する。

ここでのまとめは、まずは「上顎骨の発育期を逃すな!」である。それはこれから述べる呼吸環境にも関与するからだ。

2つの呼吸法

生命維持のために欠かす事が出来ないのが呼吸である。成人の安静時の呼吸回数は、1分間に15回前後で、1回の換気量は約500ml、1日の呼吸回数は約20,000回ともいわれる。そして人には、2つの呼吸方法が備わっている。その経路は、鼻と口。安静時には深くゆっくりした腹式の鼻呼吸が基本である。その鼻呼吸の利点は、鼻毛や鼻粘膜でのごみや塵、アレルゲンなどの微小異物の除去や濾過、細菌やウイルスの不活性化、血流豊富な粘膜で外からの冷たい乾いた空気を加温、加湿し体内に取り込み体温を下げない。また逆に呼気で身体の水分を出さず、体温を下げない機能も有する。

そして空気の通りにくさ「気道抵抗」がある事で、空気の流入が調整され、呼吸数が低下できる。これがゆっくり腹式呼吸を可能にしているのである。よって鼻は、高性能加湿機能フィルター付き空気清浄機と言える。そして安静時から運動など活動時への変化、会話、炎症や気圧変化による鼻粘膜の腫脹、喘息や肺炎などの呼吸器疾患、全身の体力低下の際には、人の呼吸経路は鼻から口となる。その口呼吸の経路には、ゴミフィルターも無く、加湿機能も及ばない。ここで論じるべきポイントは、疾患によるものや、一時的な活動変化による口呼吸の問題ではなく、それ以外の安静時においても口呼吸習慣が定着している問題である。そして子どもたちにもその習慣が多く認められる事を危惧する。

口呼吸のサイン、リスクとは

口呼吸のサインは、安静時に口唇が半開き、上口唇が富士山型の形態、口唇の乾き(よくなめている)、歯のかみ合わせが悪い、下顎の後退、閉口の際に下顎に梅干し状のしわ、いびきや歯ぎしり、舌の側面に歯型がギザギザ付く、起床時の口の乾燥と喉のひりひり、口臭が強いなどが挙げられる。

また口呼吸のリスクは、口腔内では乾燥を引き起こし、それによる味覚低下や飲み込みづらさ、唾液による細菌への抵抗性が減弱すると歯や歯肉の感染性疾患や口臭、変色に起因する。また歯列不正の誘因にも。

吸気の一部は、鼻の奥の上咽頭にも上がり、鼻・のどの乾燥も引き起こし,扁桃などの免疫反応の過敏にも関係するとの報告がある。鼻が詰まっているから口で呼吸するとは逆に、口で呼吸して乾燥するから、鼻が詰まるという事もある。病巣感染の考え方では、口呼吸での口腔・喉の乾燥が、全身の他の部位の疾患に関連しているとの報告も存在する。

どうして口呼吸習慣になるのか?

前述の他の要因が無い安静時の口呼吸習慣になる要素にはいくつか考えられる事がある。激しいスポーツ習慣や会話が多い仕事につく人、常時マスクを着用する人(マスクの抵抗で、楽な口呼吸の習慣に)なども考えられるが、ここで問題視したいのは、「筋力低下」である。上下の口唇が閉じられない口唇の筋力が低下している事も一つだが、最ものポイントは「舌の筋力低下」である。

あなたの舌先はどこに?

「今あなたの舌先は、どこにあるだろうか?」

《1》上顎の口蓋粘膜 《2》上の前歯の裏側 《3》下の前歯の裏側

平常時に舌先の位置は、上顎口蓋粘膜の前歯の後ろの「スポット」と呼ばれる位置にくっつくのが理想の定位置。このスポットは、嚥下時の食塊の喉への送りこみの起点でもある。それが、舌の筋力が低下すると、舌先は上の前歯の裏側、更には下の前歯の裏側につく状態となる。これを「低位舌」と呼ぶ。舌は下顎と一体なので、下顎も下方に下がり、下唇が半開きとなる。その半開きスペースで口呼吸がなされているのだ。すなわち、鼻呼吸の絶対条件「口唇を閉じる」ためには、「舌の筋力」が必要とされるのである。

低位舌を促す環境とは。

安静時に舌が、スポットに付きづらくする口腔環境がいくつか挙げられる。まずは、上顎骨の前方・側方への劣成長による舌の運動エリアの狭小化がいえる。これの予防は、前述した発育期の「食育」である。

また学童期には、特に注意して頂きたい生活習慣に「態癖(たいへき)」がある。これはうつぶせ寝などの睡眠癖、頬杖などの学習癖、エクボも含まれる緊張習慣の口唇癖、安静時に産生される唾液嚥下の舌位置異常である舌癖など。それら外力によって歯列が内側に倒れて狭小化したり、下顎が後退したり、歯列不正が誘発される。まずは態癖の存在を認識し、注意することだ。口腔の環境変化が進む状態では治療の介入が必要となる。舌の運動エリアを狭くする事は、低位舌を助長し、口呼吸習慣につながりやすいのである。

睡眠時の呼吸

子供たちのいびきも大きな問題といえる。いびきは、睡眠中の口呼吸時に舌が後方に落ち込み、気道を塞ぐ事によっても起こる。

閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)のリスクが日本人は大きいともいわれる。一般的には肥満が挙げられるが、痩せた人でも発症するリスクは、「顎の小ささ」である。我々が、欧米のアングロサクソンとは骨格的に違う事も理由の一つだが、前述の食育の推進や態癖の改善により顎・歯列を大きくし、舌の運動エリアを狭くしない事で低位舌、口呼吸習慣を予防し、良質な睡眠へ寄与することが重要である。尚、治療介入での上顎骨の拡大により、その上方にある鼻の通り「鼻腔通気量」が増すという報告もある。口腔環境と呼吸は、密接な関係にある。

息育・あいうべ体操の推進へ

安静時の口呼吸を鼻呼吸習慣へ転換する事は、未来を担う子供たちの健康な身体つくりに大きく寄与する。鼻呼吸のためには、舌の筋力をアップし、口蓋のスポットに「ビン!」と舌先がくっつく事を習慣化すること。そのための方法として、舌を「べ〜!」と伸ばすストレッチが推奨される。

そこで冒頭に記述した福岡市の今井一彰先生が、鼻呼吸習慣への改善策として全国を飛び回って普及活動を展開しているのが「あいうべ体操」である。大げさに「あ〜・い〜・う〜・べ〜!」という口の運動をできる時、気づいた時に何回かでも行うようにして、1日合計30セットを目標とする口腔体操。就寝前の実施も、良い眠りのためにおすすめ!また福岡県の小学校では、体操を児童の日課に組み込み、インフルエンザの罹患率が減少したという報告も認める。

是非、帯広市の学校でも息育として、この「あいうべ体操」に取り組んで頂くのはいかがだろうか?今井先生曰く、「お金も道具も使わないからいいのです!」との言葉がある。

その意味を知ること、そして少しの気持ちを持って実践することが、きっと明日を担う子どもたちの明るい未来に寄与すると考える。

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